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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2297号 判決

原告 丸山肥幸

被告 武花工務店こと武花敏雄

主文

被告は原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和三八年二月二二日から支払ずみまで年五分の金員を支払うベし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六〇万円及びこれに対する昭和三八年二月二二日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因及び被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、昭和三八年二月四日原告は被告との間で東京都三鷹市井口五六番地所在の建売住宅一戸をその敷地とともに代金二九一万円、買主は契約締結と同時に手付金として金三〇万円を売主に支払い、残金は同二五日までに目的物引渡及び登記と同時に支払うべく、当事者が契約の諸条項の一つにでも違背したときは相手方は催告を要せず直ちに本売買契約を解除することができ、右解除の理由が売主の不履行にあるときは売主はすでに受領した手付金の倍額を買主に支払わなければならないとの約定のもとにこれを買受ける旨契約し、同日手付金三〇万円を被告に交付した。

二、右契約の際の約定によれば土地は四〇坪二合一勺(私道約五坪を含む)、建物一八坪二合五勺のはずであつたが、原告が契約後測量士に依頼して実測させたところ、被告が約五坪と指示した西側私道は六坪三合四勺であつたほか北側にも六坪七合六勺の私道があり、土地の有効面積は二七坪四合七勺にすぎないことが判明した。これは当初の契約にいちじるしく違背するというべきである。

三、そればかりか、本件土地は昭和三七年八月一四日建設省告示第二〇四一号により第二種空地地区に指定されており建ぺい率三割の地区であつて、本件建物ははじめから違反建築というべく建築基準法によつて除去もしくは改修築を免れざる運命にある。かくては本件売買の目的を達することができない。しかも、原告は本件土地の有効面積を契約締結後実測してはじめて知つたので、契約締結当時には本件建物が違法建築物であることを知らなかつた。

四、そこで原告は被告に対し昭和三八年二月二一日到達の内容証明郵便をもつて本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。右解除は被告の契約違反を理由とする前記約定に基く解除権の行使であり、仮りにこれが認められないとすれば民法第五七〇条に基く解除である。

よつて原告は被告に対し前記約定に基き手付金の倍額たる六〇万円とこれに対する解除の意思表示の到達した日の翌日である昭和三八年二月二二日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

五、被告主張の事実中本件土地の有効部分が被告主張のような塀や垣で四方を囲まれていたこと、被告から解除の意思表示のあつたことは認めるが、その余は否認する。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

一、請求原因第一項の事実はこれを認める。第二項は被告が私道約五坪と指示した点を否認しその余は認める、第三項は否認する、第四項は内容証明郵便の到達のみを認めその余は争う。

二、本件土地の有効面積の部分は北側と西側はブロツク塀、東側は万年塀、南側は建仁寺垣で囲まれておりその概数は容易に知り得るものであつたところ、原告自身は契約締結前に二回、その妻が一人で来たのも含めると三回現地を見に来ているほか、被告は原告に対し契約締結の際北側にも私道があるがこれは残地整理の必要上便宜的に売買物件の一部にするもので代金計算の対象となつているのは西側私道だけであることを説明しており、原告は契約の際本件土地の有効面積を知つていた。本件土地建物は同時に建築、売出された建売住宅数戸のうちの一戸であるが、北側私道が代金計算の対象となつていないことは本件物件の価格とその余の物件の価格とを比較計算してみれば自ら明らかである。よつて被告には本件売買において何らの契約違背もなかつた。仮りに原告が本件土地の有効面積を了知していなかつたとしても、本件売買は数量を示してなされたものではなく、被告は本件土地建物を含む建売住宅の分譲を不動産業者に一任していたので本件土地の正確な面積は被告自身も知らず、他方原告は本件土地建物につき十分な認識を得ていたので、土地建物を見たままの現状で売買することとしたのであつて、その趣旨で契約の際土地建物は現状のままの契約による」との一条を特に設けたのである。従つて原告のした契約解除は無効である。

三、原告が本件売買契約を解除した真の理由は、売買代金を銀行からの借入金でまかなおうと予定していたのが借入れに失敗して代金を支払うことができなくなつたため昭和三八年二月一四日と一五日との両日被告に対し売買をとりやめて手付金を返還されたい旨申し入れたところ被告に拒絶されたので手付金惜しさに理由なき解除を通告して来たのである。それ故被告は同年二月二四日原告に対し約旨のとおり履行すべき旨通告の上、翌二五日登記所で登記及び引渡の準備をして原告を待つたが原告は出頭せず、その履行をしなかつたので被告は同月二六日付内容証明郵便で本件契約を解除する旨の意思表示を発し、右は二八日到達したから、これにより本件契約は解除されたものである。

立証〈省略〉

理由

一、昭和三八年二月四日原告が被告との間で三鷹市井口五六番地所在の建売住宅一戸をその敷地とともに代金は二九一万円とし、買主はこのうち金三〇万円を手付金として契約と同時に売主に支払い、当事者が契約の諸条項に違反したときは相手方は催告を要せず売買契約を解除することができ、右解除が売主の不履行によるものである場合には売主は買主に対しすでに受領した三〇万円の倍額たる六〇万円の金員を支払うとの約定にて買受ける旨売買契約を締結し、同日被告に対し金三〇万円を交付したこと、右売買契約に際して被告は原告に対し本件土地は四〇坪二合一勺(含私道五坪)、建物は一八坪二合五勺と表示したにもかかわらず後日原告が測量士に依頼して実測したところ西側私道が六坪三合四勺であつたほか北側にも六坪七合六勺の私道があり、そのため土地の有効面積は二七坪四合七勺しかなかつたこと、及び昭和三八年二月二一日原告から本件売買契約を解除する旨の意思表示が被告に到達したことは当事者間に争いがない。

二、原告は、右解除は売買契約によると被告は原告に対し四〇坪二合一勺から私道敷約五坪を差し引いた残り約三五坪を引渡す義務を有するにもかかわらず右の状況であつてこれを履行し得ないことは明らかであるから被告に義務不履行があるものであり、従つてこれを理由として約旨に定めた解除権の行使としてなされたものであると主張する。

成立に争いのない甲第一号証(売買契約書)には「本契約の当事者の一方が本契約の諸条項に違背したときは、その相手方は何らの催告を要せずして、本契約を即時解除することができる。」という一条が入つているところ、右契約書の諸条項をながめると代金支払、登記の時期方法その他各種負担収益の分配等については定めているけれども目的物が約定に不足している場合については明確に言及したものはなく、当事者間に争いない事実によれば、本件土地は北側と西側はブロツク塀、東側は万年塀、南側は健仁寺垣でかこまれており、証人丸山君の証言及び原告本人尋問の結果によれば原告は契約締結前二回(その妻が一人で行つたのも含めると三回)現場に行つて目的土地建物を観察していると認められるから原告としては正確な坪数までは分らぬまでもどの範囲が売買の目的となつているかは十分知り得たものと言うべきであるほか成立に争いのない甲第三号証、同第九号証及び原告本人尋問の結果によれば売買に際して被告は原告に対し本件目的物の大きさを土地は四〇坪二合一勺、建物は一八坪二合五勺と表示したけれども、売買価格は坪当りの単価を基準としてこれに坪数を乗じて計算したものでないことは勿論、土地と建物との価格を別別に示してこれを加えて計算したものでもなく土地建物を一括して二九一万円としたものであることが認められ、前記契約書にも「土地建物は現状のままの契約による」と特記されているのであつて、これらの事実をあわせれば本件土地建物の売買契約は特定物の売買そのものであつて、前記土地や建物の坪数の表示はその同一性を示すための標識たる意義を有するに過ぎず、従つてこの場合の売主の義務は通常の特定物の売買におけると同じく目的物をその現在の状態で引渡すことにあるというべく、瑕疵担保や詐欺錯誤の問題が生ずることは別として、被告が本件土地建物をそのあるがままの状態で引渡す以上この点で被告に契約違反があつたということはできないものというべきである。従つてこの点の原告の主張は理由がない。

三、次に瑕疵担保の主張につき判断する。

本件売買の目的物はいわゆる建売住宅であるが、その敷地である本件土地附近は昭和三七年八月一四日建設省告示第二〇四一号により第二種空地地区に指定されており建ぺい率三割の地区であることは原被告各本人尋問の結果によりこれを認め得るところ、当事者間に争いのない事実によると実際には建物敷地に供せられる土地は二七坪四合七勺、建坪は一八坪二合五勺であつて土地に対する建物の割合は七割にも及ぶ。被告本人尋問の結果によると、被告は当初から本件建物が現実には右建ぺい率にいちじるしく違反するものであることを熟知しながら建築確認申請をするに際しては形式上本件土地の周囲には塀がないものとして私道部分を敷地に含めたばかりか隣接する他人の土地まで本件建物の敷地面積に流用し、さらにこのような違反が当局に露顕した場合の処罰をおそれて申請人も架空名義にするという方法で建築確認を得たことが認められ、原告本人尋問の結果によれば被告は右違反の事実を原告に知らせず、原告は契約にさいし本件土地の建ぺい率も正確なところを知らず本件土地の有効面積も知らなかつたため、本件建物が違反建築物であることについては気ずかなかつたものと認めることができる。これに反する証人伊勢岡政雄の証言及び被告本人尋問の結果は採用しない。このような違法建築物は建築基準法第九条により除却、移転、改築その他の措置を免れない運命にあり、その使用は遠からず制限されるおそれがあるほか、当局からの調査、呼出、折衝その他によつて原告の生活の平穏がはなはだしく乱されることになるのも十分予測されるところである。本件売買の目的物がこのような状態にあることは一見しては必ずしも明白でなく、このような状態そのものは住宅としての効用に害あることはもちろんであるから、これを一のかくれた瑕疵というにさまたげなく、しかも原告が安住できる自己の土地家屋を取得したいとして本件売買をしたものであることは弁論の全趣旨から明らかであるから、このような瑕疵ある住宅ではその売買の目的はこれを達することが出来ないものといわねばならない。よつて本件売買契約は目的物にかくれたる瑕疵があるものとしてした原告の右解除は有効である。

もつとも郵便官署作成部分に争なくその余の部分も原告本人尋問の結果により成立を認むべき甲第六号証によれば、原告は被告に対して解除の通知をなすに際し被告の契約違背のみを理由に挙げ、瑕疵担保の点は表示しなかつたことがうかがえるけれども、解除の意思表示は必ずしもその原因を示すことを要せず、客観的にその解除原因があれば足りるものと解すべきであるから、この点は原告の右主張を認めるのに何ら妨げとはならない。被告は原告が本件売買契約を解除した真の理由は売買代金を銀行からの借入金でまかなうと予定していたところが思うように行かなかつたので手付金を没収されることを恐れて被告にあらぬ言いがかりをつけて来たところにあると主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。その他に前認定をくつがえすべき的確な証拠はない。

四、しからば本件売買契約は昭和三八年二月二一日原告のした解除により消滅したことは明らかであり、被告はその原状回復として受領した手附金三〇万円を原告に返還する義務があるものというべきである。原告は右解除によつて、売買契約書の定めに基き原告が被告に交付した手附金三〇万円の倍額たる金六〇万円の支払を求めるのであるが、前記甲第一号証(売買契約書)によれば原告が被告に対し倍額の支払を求めうるのは本件売買契約が被告の債務不履行を原因として約旨に従い解除された場合に限られるものと認めるべきであり、売買の目的物の隠れた瑕疵の故に契約が解除されるのは債務不履行による解除とは異なるものであり、特にこの場合にまで倍額返済の特約がなされたことを認むべき格別の証拠もないその他原告において特段の損害をこうむつたことを主張立証しない本件においては被告は原告に対しすでに受領した金員の返済をもつて足り、その余の賠償義務はないというべきである。

しからば被告は原告に対し金三〇万円及びこれに対する解除の日の翌日である昭和三八年二月二二日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を支払うべき義務あること明らかで、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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